地域資料デジタル化研究会より 


 初めて桑原浜子先生にお会いしたのは、「郷土風景」のデジタル化に当たって作者・矢崎好幸先生の御家族の連絡先を教えて頂くため、御自宅に伺った時でした。アトリエには優しい花々がモザイクとなって一面に咲いていました。私はその幻想的な眺めに息を飲みました。そして先生は、その中でにこにこ笑っておられました。

 

 

 先生のアトリエには三方に大きな窓があり、庭、畑、里山、櫛形山、南アルプス、八ヶ岳と豊かな自然が広がっています。

 

「本当にいいところに住んじゃいましてね。これを見ていると何もなくてもモザイクを作りたくなります。」
「自然が先生で、その通りに描いているだけ。自然のまねをしているだけ。こんなもの大したものではないと思いながら作っています。でも、仕上がれば、次にはこういう風に、今度は花に叱られないようにもうちょっとと考えてしまいます。いくら一生懸命に作ったって、自然にはかないません。偉い先生が周りにいて、そんなことじゃだめだよなんてばっかり言われているんですよ。」と先生。

 

 しかし、先生は卵殻を貼る場所にぴったりの、思う通りの形に、手の中で卵殻が折れるそうです。隣に何色が欲しいか、足りない色が何か自然とわかると話されます。まさに自然と同体になっておられると言えるでしょう。

 

 卵殻モザイクは漆工芸の変わり塗りの技法の1つ、「卵殻貼り」から生まれた芸術です。佐々木英著「漆芸の伝統技法」によると、卵殻貼りの技法は次のように解説されています。

卵の殻として、鶉(うずら)の卵殻は工芸品に、鶏卵の殻は大きな壁面に用います。
卵殻は、割るか孔をあけて中身を取り出すかし、水に入れて、卵殻裏の薄皮をむきとります。薄美濃紙に下絵を描き、表から貼り、割りながら押しひろめて平面とします。
平面となった卵殻を鋏で切り、黒呂色に生漆を加え、“呂瀬漆”とし、置き目をとった器物の上に塗り、卵殻を貼りつけます。漆が乾いてから、水を与えて紙をとります。
細密に行うときは、紙を卵殻から剥がしてから貼り、つまようじなどで卵殻の隙き間を整えます。さらに卵殻を押し割りにして、細かくして動かし、ぼかした感じにすることもできます。現在は強力接着剤もありますが、漆塗面に貼布する場合は、強すぎて漆塗面を引き剥がすことも考えられますから、呂瀬漆(黒呂色漆+瀬〆漆)がいいでしょう。

 この芸術を昭和初期、山梨師範学校教諭・矢崎好幸先生が誰でも身の回りの材料を使って作れるように制作技術を発明されました。これを受け継ぎ、70年以上にわたり作り続け発展させたのが、山梨県笛吹市境川町在住の桑原浜子先生です。先生は「日本はもとより、世界の舞台にも飛び出してゆける卵殻モザイクに育っていってくれれば」と後進の育成にも尽力されています。

 

また先生は、作品として飾るばかりでなく、卵殻が大理石と同じカルシウム90%という堅牢さを持つことを生かして、家具、陶器の皿、木製のお盆、アクセサリー、ティッシュケースなどに装着し、日常生活に取り入れられました。

 

 山梨が生んだこの素晴らしい芸術を広く多くの方に知っていただききたく、NPO法人地域資料デジタル化研究会は作品をデジタル化し、公開しました。しかし、インターネットでは本物の持つ芸術性を表し切れないということも事実です。皆様、どうぞ個展に足をお運び下さり、作品を直に御覧下さい。また是非、先生のアトリエに一度お出かけ下さい。空気が紫色になる頃、先生は野の花の間を歩いておられるかもしれません。

 最後になりましたが、作品をインターネットで公開することを御快諾下さった桑原先生、何度もお邪魔してお世話になった御家族の皆様、有難うございました。お孫さんの安藤彩子先生は後継者として御自分の作品も公開して下さいました。心より感謝申し上げます。また、田中美砂様にもお話を伺いました。お礼を申し上げます。

  平成16年11月

NPO法人地域資料デジタル化研究会
 ビデオ制作:江本健二
協力: 鈴木つぐ枝
採録者:中澤京子
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桑原浜子の世界ー卵殻モザイクを育ててー
採録者からのメッセージです